2013年8月24日土曜日

続・世界一のレコードコレクションを持つ男の話


以前ブログに書いた「世界一のレコード・コレクションを持つ男の話」が5年前のニュースなのにまたツイッターで流れてきた...


その後この話がどうなったかは分からない。2009年の別のドキュメントはYouTubeで見つかったが、ホームページは消えたままだ。

この5年前のドキュメントは「貴重な財産で有るレコードが誰にも相手にされずに消えていこうとしている」という趣旨の演出をしているんだけど、実際には50億の価値が有ると言っているのが本人だけで、内容も大半はヒルビリーやカントリーでほとんどの人には興味が無いものだ。正直、3億円どころか3000万円でも買い手がつかないんじゃないのかと思う。

昔、アメリカに行くとこういうレコード屋はたくさん有った。 倉庫に大量にストックが有るんだけど、レコード盤の価値は下がらない、どんどん上がる一方だと信じているオーナーがいて、値段を聞くとGOLDMINE(アメリカのレコード・コレクター専門誌)の情報を鵜呑みにして「その値段で誰が買うんだ?」という金額を言ってきて絶対に値引きしないみたいな。当然そういうレコード屋にはディーラーも普通の客も行くことが無くなり、ほとんどが廃れて潰れていった。

たしかにこのオーナーの個人的な事情の切実さは同情するが、レコードの文化的価値と商売の才能は必ずしも同じ判断基準じゃ無いと言わざる負えない。まず、50億や3億という金額が非現実的だし、本気でレコードを売ろうと思えば人を雇ってeBayで売りさばくことも出来るだろうけど、市場価格で売る気も人を雇う気も無いんだろう。

そもそもこの人はレコードを1枚1枚単体で売る気なんか無いんだと思う。倉庫に世界一のレコードコレクションを作りたかっただけ。その自分が長年作ってきたコレクションを評価されたいだけなのだ。この人にとっては300万枚という枚数が重要だったのだが、「枚数=内容のクオリティー」じゃないということには気づけなかった。長年かけて城を作ったと思ったら、誰も欲しがらない城だったというところか。

と、同業者としては全くシンパシーは無いんだけど、それでもこの話が身につまされるのはレコードを買ってコレクションしていく行為なんて多かれ少なかれこんなものだということだ。

毎日レコードを買って、それをちょっとだけ聞いてすぐにレコード棚に入れて、その棚を眺めながら酒を飲んでいるそこのあなた!この先には何かが有ると思ってそんな生活を何十年も続けててこの先どうする?「このレコードコレクションには俺の思い出がつまっているし、貴重なレコードもたくさん有る。自分の死後も大切にして欲しい」と思ってても、死んだら即、孫にディスクユニオンに全部売られてしまうかもな!で、「これは買い取れません」と言われて半分以上は処分されてしまうかもな!

いや、実際今はそんな感じなのだ。ディスクユニオンで「ソウル・レア盤放出祭り」とかでレアなレコードが大量に出てくると、「あぁ、コレクターがまた一人死んだんだな...」とみんなが思うという...

しょせんは砂場で砂の城を作る行為なのだ。風が吹いたら消えてしまうかもしれないそんな城を作っている子供のままの男たちの世界。見返りは無い。それを求めた瞬間にすべては消えてなくなる。それがレコードコレクション。