2012年1月29日日曜日

Damien Jurado "Nothing Is The News "

 オルタネイティヴ・カントリーの人らしくて、今までの活動はあまり知らないけど、この曲はかっこいいと思う。Kathy Smithとか、John Martynとかのあの感じ...

2012年1月28日土曜日

山下達郎 "Love Talkin'"のあれとこれ

売り切れていたOnur Enginのこれ(Edits Vol.5)リプレスされたっぽい...

そしてこちらはその前に出ていたBeat BrokerのDUB MIX...

あともう1曲外人がサンプリングしてハウスにしてる曲が有ったのだけれど... 思い出したら追加します。

(追記)
無事思い出しました。これ。

2012年1月26日木曜日

レコード文化の火を絶やすな、はもう古い その2

普通に考えると、全世界で数百人しか聞けないフォーマットで自分の作品をリリースする行為を理解するのは難しいのかもしれない。自分の作品をたくさんの人に聞いて欲しくないのか?CDとかネット配信もしていろんな人の耳に入るようにしたらいいのじゃないのか?そうした方が話題になってさらに大きな成功につながるんじゃないのか?だいいちそんな枚数売れたところでレコードのプレス代しか回収出来ないんじゃないのか?などなど...

でも、もうみんなそういう音楽の拡散に興味が無いんじゃないのかな?

そういう数を増やしていく音楽配給のシステム自体が瀕死なので、そのシステムに加わる必要性も感じてないんじゃないのか?

マスで音楽を拡散させずに、逆に数と流通する場所を限定することで自分の音楽とそれを必要としている人とのダイレクトで密接な関係を作り上げることが可能だし、その方が重要だと思ってるのではないのか?

マスの中に埋もれてしまっている自分たちの音楽を必要としている人たちに届かせるために、宣伝したり、雑誌に載っけてもらったり、ビラ配ったり、ネットで宣伝したり、全国に供給するために別の会社に依頼したり... そういうものはもはやノイズでしか無いんじゃないのか?

その点、レコードを作った人がいて、卸会社が有ってそこに情報が集まって、その情報からそれを仕入れて売るレコード屋が有って、そこに新しい物を常に探そうとする物好きが集まってるというのは非常にクリアーな情報の伝播の仕方なのではないのか?

だからここ数年はレコードの方がいつの間にか優れたフォーマットとなっているのだと言えると思う。

そして、レコードで出すというのは「レコード文化の火を絶やさない」という使命感など重いものなど無くなり、「こっちのやり方の方がいいからこっちで出す」というくらい普通にものに変わってきているのが現状だと思う。

プレス枚数が減っても受け取る人間の濃さは変わらない。自分が必要としている数はいっしょ。

レコードを買わない人にとっては、レコードが数百枚しかプレスされない、でもその数でもリリースされる音楽がたくさん有るということを知って驚いているかもしれない。でも、世の中にはもっと奥が有って、自分の作品をカセットテープでリリースしている人たちもいるんです。聞くためのハードルはレコード以上。もはや自分の音楽を人に聞かせたいのかどうかも不明だ。しかし、だからこそそんな音源の中から何かを探そうとする好き者がたくさん寄ってきたりする。そんな2012年の不思議な光景。

2012年1月25日水曜日

日本語ラップに翻弄されるお前こそがヒップホップ

『LEGEND オブ 日本語ラップ伝説』(サイプレス上野、東京ブロンクス著)を買ってみた。

ウエブで連載されていた時にほとんど見ていたので「買わなくてもいいかな」と思っていたけど、目次に並ぶ取り上げたアーチストの名前を見ていたらまとめて読みたくなったから。で、やはりまとめて読むといろいろ面白い発見が有る本だった。

この本を一言で言うと、「俺の知ってる日本のヒップホップのことがたくさん書いて有る本」だ。

それは何かといえば、「俺の好きなスチャダラパーを俺の好きな誰々が揶揄してる」とか、「あのクルーとあのクルーは仲が悪い」とか「名古屋のヒップホップは怖い」とか「ブルー・ハーブがライムスターをディスった」とか「あのDJの怖い逸話」とかそういった類の話を聞くたびに翻弄される日本のヒップホップ好きの男の心の葛藤だ。

自分はサイプレス上野より歳上なので当事者というより傍観者だったけど、この日本語ヒップホップに翻弄され続ける奴らはたくさん見てきたし、よく知ってる。それこそが俺の考える「90年代の日本語ラップ」 のそのものだった。なので今までの日本語ラップの歴史本を読んでも除菌されたおとぎ話にしか感じられなかったが、この本の中の話は読みながら大笑いと苦笑を繰り返しながら、「あぁ、有った。有った。」と記憶を呼び起こさせる身近なものなのだ。

10%のラッパー、DJと、その言動と作品にいちいち翻弄される90%のヘッズ、そのトータルが90年代の日本語ラップだ。

しかし、この感じ何人が共有出来るのだろう?

なんにしろ、千葉くんのことがこんなに書いてある本はほかに無いだろう。ぜひ、若い人もこの本で「朝4時に超長い脚立を持ってクラブにやって来る」男の話を読んで欲しい。

そして、知った振りしろ。

2012年1月22日日曜日

Radio Bliss (Seahawks Everything So Green mix)

Radio Bliss (Seahawks Everything So Green mix)

レコード文化の火を絶やすな、はもう古い その1

ブログを休んでいる2年の間に何が起こっていたのかというとレコードの意味が大きく変化したことでしょう。

2年前まではダウンロードでの音楽配信を敵とした「レコード文化の火を絶やすな」という言葉が盛んに言われてきました。しかし、ダウンロードを敵としたところで同じ音楽好きの中での内輪もめでしかない訳ですからお互いを潰しあうことにしかならないので、結局は「自分がいいものを選べ」といういつもの所に落ち着く訳です。

「DJはやはり音がいいレコードでDJするべき」というダンディズムも有り、例えばドミューンなどを見れば、普段CDやファイルでDJしている方もアナログでDJしたりとしている訳ですが、それでもマーケット全体はどんどん縮小していったのは間違い有りませんでした。

実際の話、いつの間にか新譜の12インチに添えられるコメントもそのレコードの音より、「***枚限定プレス」とそのプレス枚数の稀少価値を強くアピールするものが多くなってきました。

その限定も「1000枚限定」→「500枚限定」→「300枚限定」→「300枚限定。ダウンロード販売無し」→「300枚限定。リプレス無し」→「150枚限定」とどんどん規模が縮小してきたのですから、それを見て「レコード文化のカウントダウン」を見ているような気持ちになっていた方も多いことでしょう。

ところが、去年くらいからプレス枚数の減少に反比例してレコードでリリースされる新譜の音がどんどん面白くなって来たのです。

というか、レコードでリリースされている新譜を追うことで容易に面白い音楽に短距離で辿りつくことが出来るようになったのです。

そしてその世界にどっぷり浸かってみると、クラブDJユースを意識してアナログでリリースとかレコード文化の火を絶やさないための使命感のためとかそんなたいそうなものはもはやそこには無いということが分かります。

レコードでリリースしたいからそうした。

その程度のものです。

いったい何が起こっているのでしょう?

(つづく)

Neotnas Feat. Four By Fog "That Day "

pop & eye "being boing"

2012年1月19日木曜日

ご無沙汰です

2年ほど経ってしまった...

Twitterでたまにつぶやくけど何してる人か分からない人でいることも、Facebookのサイバー空間で言葉の壁テニスすることにも飽きてしまった。

「やっぱこれからはブログがもっかい来るんじゃない?」

と言う噂を聞いたのでブログをまたやってみようかと思う。




音楽の話がしたいんだよ。