2009年7月25日土曜日

Fight The Powerだピョン

ほかの方のTwitterからの転載ですが ・・・・

かなりのインパクト。

http://biscuitclub.fc.yahoo.co.jp/6/975/

アニソンに参加★[new]

2009/7/24 17:17 日記
アニメソングのコンピのレコーディングしてまっす(>_<)
海外のミュージシャンでカッコイイ感じに仕上がっていて、、

ただ今、プロデューサーの"パブリックエネミー"さんを待っています……が……
アメリカからの便が遅れて今向かってるみたいでっしゅ!!



あたしが歌うのは
『ひみつのアッコちゃん』に『ラムのラブソング』ですp(^^)q


牛っしっ(>_<)



ai

人と曲の組み合わせが4次元。

不穏と不安

Twitterにも書いたが、今有線から聞こえてくるJ-POPの歌詞の半分に「この世界で君と巡り合えた奇跡」という歌詞が。いや、冗談抜きに本当に半分はこの歌詞なんだよ。もはやここまでいくと完璧に脳死、つーか何にも考えてないんだろう。J-POPだけでなくて、有線から聞こえてくるジャパレゲ(?)もJ-ROCK(??)たいして変わらない。「いいことを言ってる風」で聞いてるその間だけ気分を高揚させるけど、まったく何も残らない。別にほかの誰かが歌っていても関係ない。アーティスト性ってどこにいった?アーティストの内側をみんなで共有しているような気分にさせる音楽はどこに?

で、いまさらですがスチャダラパーの「11」

ちゃんと言うべきことが有って、自分たちの言葉で音楽にしている。いつもと変わらない。なのに、アルバム全体に漂う「不穏な雰囲気と不安感」はいったい何?

それは最近気がついたけど「俺はこう思うんだけど・・・」と言った後に誰にも同意されないんじゃないかという不安。言った後に「今の大丈夫だよね?伝わってるよね?」といちいち同意を求めている感じ。それらが醸し出す不穏な雰囲気。それがこのアルバム全体に漂ってる。

そして、それこそ今の自分たちの直面しているものと同じもの。例えば「ジャパレゲの歌詞でさ、お前を一生幸せにしたいんやとかってよく平気で歌えるよね」と言った後に、「みんなレゲエを広めようと頑張っているのに、そんなこと言う奴はバッド・マインドだ」とか言われて総スカンを食うという恐怖。つーかたぶん本当にそうなるね。レゲエを広めるためにオリコンに入るようなヒット曲を作る。日本の音楽業界の中で地位を得るために頑張る。それをレゲエのためと言われても、・・・・ 正直、俺には関係ない。アーティストは自分の内側と向き合って、その内側から出てくる音と言葉を記録に残せばいいのであって、レゲエのためとかヒップホップのためとか言えば言うほど胡散臭く聞こえる。だったらジャーの神さまのためにとかの方がまだいいよ。

と、書いたら昔は半分くらいは同意してくれているという実感が有ったけど、今はどうなんだろう?「この世界で君と巡り合えた奇跡」という歌詞を平気で使いまわす人たちには昔は悪意を感じたけど、今ではその悪意すら感じることがない。本当に何も考えていないんだろう。それが怖い。

もうひとつ最近のアルバムでアーティスト性を強烈に打ち出していたと言えば椎名林檎の「三文ゴシップ」でした。アルバムのテーマはずばり「性愛」だと思いましたがどうでしょう?「性愛」をテーマにしながらそれを受け手に強引に受け止めさせる椎名林檎のキャラクターはすごいと思いました。これが「性愛をテーマにしたaikoのニューアルバム」とか「性愛をテーマにしたYUIのニューアルバム」とかだったら受け手が照れたり、興味が持てなかったりすると考えたら椎名林檎の特殊性は面白いと思います。あとはその特殊性がどこまで持つか、いつ客の方から「もういいっす」と言われるのかの方に興味があります。

2009年7月20日月曜日

土着のリズムと不良だけが解読できる夜の暗号 1

また長い文章になると思うのだけれど、時間が取れないのでこの文章も細切れだ。

好きな日本のヒップホップと言われたら、Ozrozaurus, Gagle, 刃頭の3つとすぐ答えます。この歳になって”***さんのライムいつもリアルっす”とか”:::のラップ半端ねぇっす”などと言って日本のヒップホップ聞く訳もないのだけれど、この3つだけはたぶんずっと聞き続けるはず。そしてこの3つが横浜、仙台、名古屋をベースにして活動しているというのも偶然ではなくて、そこに意味があるからこの3つが好きなのだ。

ということをこの後に書いていきます。

ある時からヒップホップのトラックからネタとかサンプリングとかを意識しなくなりました。それよりもリズムの取り方の方が重要だということに気がついたから。リズムというのは"Speed Of Life" なのですよ。その場所で気持ち良いとされるビートが有って、それはそこでの生活のスピードを反映しているのだ。ニューヨークのラップより、LAのラップの方がアメリカの中でポピュラリティーを得たのは音楽的に上とか下とかいう話ではなくて、アメリカの他の街はLAに近くて、ニューヨークみたいのは特別だからだ。生活のサイクルが違えば音が違うのは当たり前と前回にも書いたけど、ヒップホップほどそれを如実に反映している音楽は他に無くて、そここそがヒップホップの醍醐味なのだ。ヒップホップが世界中に広がれば広がるほど土地土地で違うヒップホップになっていくという、グローバルなローカル・ミュージックという変な存在がヒップホップなのだ。(つづく)

2009年7月19日日曜日

Twitter始めました

一度登録したものの、何が面白いのか分からずにいたTwitterですが再びやってみました。今みたいに長い文章を書く時間が無い時などでも軽く現状報告出来るのでいいかも。右の方にありますのでよろしければどうぞ。とりあえず一日一言はなんかぼやいてます。

で、今日80年代後半から90年代前半のテクノが大量に入荷したので聞いてました。ほとんどがオランダやイタリアのハードテクノやガバでしたが、その中でもきらりと光るものが有るので試聴が止められません。

ガバと言えば昔イギリスでガバがかかっているクラブに行ったこと有りましたが、こんなもんどんな奴が聞いてるんだと思いながら遠目に見ていたら、上半身裸のマッチョ達が、ものすごい量の????を決めながらガバガバとしていました。あんなにたくさんの・・・・が飛び交っているのを見たのはあれが初めてでした。むき出しの欲望がBPM180で沸騰していて怖かったです。

2009年7月14日火曜日

Azymuthの夏 日本の夏

一度住んでみたくて京都に住んでましたが、夏は蒸し暑くて、冬は底冷え、景色も山ばかり、古い人はどこに住んでるかで人を判断して、クラブは2時を過ぎると途端に人がいなくなり... いや、いい所でしたけど、なぜか京都に住んでる時はエレクトロニカのような電子音楽か、Black Jazzのようなものしか聞かなくなったもんです。四角い閉じた部屋という単位を意識させる街なんです、京都って。だからクラブとかよりもせまいバーとかの方が馴染むし、音楽も解放されて踊るというよりは座って話ししながら聞く方が多いかも。

かつてアメリカに買い付けに行っていた頃、初めてロスに行って、空港でレンタカー、それも大きめのアメ車を借りて、片道6車線のハイウエイに出て大音量のラジオからDr Dreが流れてきた瞬間にそれまであまり興味の無かった西海岸ラップを一瞬にして理解出来たもんです。この街で、このスピードで生きていたらこの音になるわ、と。それ以降、環境が音楽を作ると確信しました。だから日本にいてやっぱり東だの、西しか認めないだの、サウスやアトランタがどうのとか言っても意味が無いし、ましてやそこのトラックを真似したってしょうがない。サウスがダサく聞こえてもそこに住んでたら、そういう音が必要と思うんだから。

そんなもんなんだよ、音楽って。

だから自分の住んでる場所と自分の周りにいる人のための音を出せばいいのだ。

ついでに、ちょっと東京の音ってなんだろうと考えてみた訳ですが、意外にZeebraの音楽が浮かびました。あのきらびやかな感じ、いろいろな物が有って常に消費をうながされる感じ、****決めて夜の街をうろついた時の光のにじんだ感じ、でも一歩裏に行くと怖そうな感じ、そしてちょっと油断していると振り落とされそうな東京のスピード感がまさにZeebraの音楽を聞いた時に感じるものといっしょ。そして、東京って楽しいんだろうなぁと思う気持ちとあぁもう結構ですというLOVE&HATEの比率がZeebraの音楽に対してのものとほぼ一緒!これは新鮮な驚き。

で、本題。

京都から某所の海のそばの高台に有る家に引っ越してきました。窓の外がいきなり島、浜、船、橋、月、星になってみたら突然Azymuthの音楽が気持ちよくてしょうがなくなりました。そしてそこに理由なんてない!

2009年7月9日木曜日

黒船 Bad Brainsという奇跡

ヒップホップ以前に触れた黒人音楽といえばBAD BRAINSだけだった。

当時、「黒人でパンクやってる奴らがいる。しかも途中でレゲエもやるらしい」という噂はパンクスの間で話題になっていた。とういうことでROIRから出たカセットとブートのビデオを新宿で買ってきた。

ちょっと色物かなと思っていたけどぶっとんだ。正直、合間のレゲエはよく分からなかったが、パンクの部分はめちゃくちゃかっこよかった。そして「黒人もロックするんだ」と思った。

それから30年近く経って聞きなおしてみても分かる。一番かっこ良いパンクバンドはBAD BRAINSだと。

BAD BRAINS"Big Take Over"


BAD BRAINS Target Video


Big Take OverはBeastie Boysもサンプリングしたし、最新アルバムをAD ROCKがプロデュースしたりしてるし、Lip Creamが当時Bad Brainsにすごい影響を受けてレゲエの曲をやったりしていたし、BOREDOMSの初期もBAD BRAINSの影響有り。パンクとラスタのメッセージが同列というのを普通にやっていたBAD BRAINSという存在がその後の多くの人に黒人音楽へのドアを開けてきたのは確かなのだが、まだまだその辺の評価が低い気がする。

2009年7月8日水曜日

黒船 20年戦争

'86年に出たGAUZEの「Equalizing Distort」は全編当時のパンクやインディーズの状態に対する怒りをそのままぶちまけたアルバムで名作。しかしながらその数年後、このアルバムが出たSelfishレーベルが消滅したあたりでインディーズ関係は現場にも行かなくなったし、まったく聞かなくなってしまった。そのあと当時のバンドがどうなったかも追うこともなくいた。聞けば自分の10代の青さもついでに思いださなければならない「苦さ」もあったし。

それから10年経って、タワーレコードの試聴機にガーゼの「面を洗って出直してこい」を見つけた時はまじにびっくりした。まだやっていたんだという驚きとその内容に。Equalizing Distortの時と同じ怒りをぶちまけたアルバムだったし、音楽的にもかっこ良かった。というか、前よりもぜんぜんよかった。人間なかなか10年以上、怒り続けることは出来ないよ。

それから全く遮断していたパンクと少しずつ邂逅していくのだが、ガーゼは俺がまったく気にもしていなかった間もずっとライブを続けていたし、なんと10年に1枚というペースでCDもリリースし続けている。2年前には「貧乏ゆすりのリズムにのって」というアルバムも出している。ほかのバンドも奇形児のように今活動再開しているバンドもあるが、結成以来ドラム以外のメンバー不動のまま活動をずっと続けてきたのはガーゼくらいだろう。ガーゼの前身のチフスが81年頃にソノシートを出しているからもうすぐ30年。その間何一つぶれていないことのすごさ。

今「シャンパンがどうの」ラップしている奴は50歳近くになっても一人でステージに上がって同じことが出来るのかと問いたい。ラップとロックは違うと言われてもこっちはずっと地つなぎで聞いてきているんだからね。あっちに出来て、こっちには出来ないということは認めない。俺はね。

2009年7月6日月曜日

黒船 ブルーハーツというナパーム弾

最初にブルーハーツを見た時はまだヒロトが全裸になっていた頃なのでまだ初期、もちろんレコードも出ていないし、宝島にも出ていない頃。元々ブルーハーツはルースターズのファーストを経典とした東京のビート・シーンから出てきたバンドだったのでパンクでは無かったのだが、いつの間にかパンクバンドとも対バンをするようになってきた。

一番最初に見た時には「人にやさしく」も「世界は僕らの手の中」も「ダンスナンバー」もやっていて、完璧に出来上がっていた。でも元々ビート・シーンから出てきたバンドだと知っていたのでパンクとは違うなぁと思っていたのだが、あっという間にそれまでちまちまと妬み嫉みでやってきたパンクをブルーハーツというナパーム弾で焼き尽くしてしまった。

いや、本当に焼き尽くしたとしか言いようがなかった。本当は火がつかなくていいところにまで飛び火して焼き続け、そして焼け野原だけが残ったという感じ。

あれ程の勢いのあるバンドはその後も見たことがなかったが、自分の好きだったパンクが目の前で焼け落ちていくのも見ることになってしまったのだった。

黒船 大阪は大阪だった

インディーズブームに飲み込まれて東京のバンドがメジャーに行こうと必死になっている頃でも大阪からは面白いバンドがたくさん出てきていた。

メスカリンドライブ、ニューエストモデル、OFF MASK OO、XOYO、赤痢、OUTO、S.O.B.、花電車、そしてBOREDOMS。

その差は歴然としていたのだが東京のバンドは影でこう言っていたものである。

「あいつらはみんな実家から通っているからあぁいうバンドが出来るんだよ。」つまり実家なので生活費がかからないから売れないような音楽でもやり続けることが出来るということ。逆に言うと東京のバンドはアパートの家賃を払わなければいけないのでメジャーで売れる音楽をやらざるおえないということか。

まさかそれは冗談でしょう?と今ならみんな言うだろうが、当時はみんなマジにそういう風に言っていた。たしかBOREDOMSに本当にそういう風に聞いたインタビューもあったはず。

と、当時の東京のインディーズがどれだけかっこ悪かったのかを端的に表すエピソードなのだが、結局そんな感じでメジャーで売れるというために必死になったバンドたちも結局は搾取されたり、メジャーに生き残るためにさらに醜態をさらすことになるわけだ。

2009年7月4日土曜日

黒船 もう何回目か忘れた

そんな感じで、ハードコアパンクにのめりこんだばかりにその後の人生が狂ってしまった男の回顧録・・・・ でしたっけ。間が開き過ぎて忘れてしまいました。

かっこいいと思っていたハードコアでしたが、意外と早く終末を迎えました。ハードコアが終息していった原因はいろいろありますが、あまりにもバイオレンスすぎてライブが出来る場所が無くなった。ハードコアの精神的支柱だったDISCHARGEがあっという間に分裂してしまった等々ありましたが、しかしなんと言っても大きかったのは自主製作盤がインディーズになって、それまで築き上げてきたものを全てを焼き尽くしてしまったから。

インディーズと呼ばれるまでの自主製作盤シーンなんて、
「俺は東京生まれ、パンク育ち、インディーな奴らとはだいたい友達」
という感じで、ひとりと友達になるとその人の紹介でインディー業界のパンクな人たちとつながることが出来たもんです。そのころの自主製作盤といえばA社とB社が仲が悪いというくらいで、とてもせまい世界の中にみんないたもんです。

例えば、ライブをブッキングするにも電話で
「×月×日にライブあるんですけど、出てもらえますか」と言えば、テンションの低い声で
「あぁ、大丈夫です」と答えてくれて、別にギャラの話をすることもなく本当に当日機材車に機材を積んで来てくれてその日のギャラが数千円でも喜んでもらったものです。

ところがある日突然、そこに知らない人間がたくさんやってきました。PCMだの、エジソンだの、オールディーズだのを名乗る人たちがやってきて、
「うちのXXXXを出すだったらトリじゃなければ出ません。」だの
「ギャラは30万ください」だの言ってきたのです。

そしてあっという間にインディーはぶっ壊れました。はっきりいうと金でね。

その後のインディーはメジャーに行って一旗揚げる組とお呼びがかからない組とに分かれてしまいました。その頃は、楽屋によく出入りして裏側からいろいろなバンドを見ていましたが、メジャーからお呼びがかからないバンドはまるで置屋の芸者みたいにどんどんスレて、ほかのバンドの悪口ばかり言っていたもんです。

そしてそれを見ながら正直、
「かっこ悪い」と思っていました。

それから数年後、日本のヒップホップの黎明期を横から見ることになった訳ですが、その時もハードコアなヒップホッパーがスチャダラパーをけなしたり、ブッダブランドの悪口を言っていたりする現場に出くわしたのですが、その時にこのインディーの置屋を思い出したもんです。そして、
「いつか今の自分がしていることをかっこ悪いと思うよ。それよりも自分が出来ることをしてればいいじゃん。自分が正しいことをしていれば必ず報わるよ」と心の中で思っていました。

2009年7月3日金曜日

万引きをつかまえた。まだオープンもしていないのに。

7月に入ってやっと人なみに自由な時間がとれるようになりました。ま、現状としていまだに店作りをしている最中で、なんでそんなに時間がかかっているかというと他にもやらなければいけないことがいろいろあるからなのですよ。

それでもレコードの準備をしていると、不思議と人が来るもので
「いつから売るのですか?」などと聞かれるのでそのたびに「6月末からです」とか「7月1日」からですとか答えてました。その中で20代の4人組がいて、何度も来店してきては帰ってもらうを繰り返していたので、その日は何度も何度も悪いなぁと思って、
「まだ値段つけていないですけど、在庫見てもいいですよ」と言ってしまった。

それが失敗だった。

ちょっと他にもすることがあったので目を離しているうちに、そのうちの一人が手にレコードを持って店を出て駐車場に出ていくのが見えた。あわてて追いかけると「これは買ったもんだから」と逆ギレしはじめた。そのレコードをふんだくって見ると、なんと

RICOの「WAREIKA DUB」のオリジナル盤だった。52円の値札がついていた。

うちの店はレコード部門以外はすでに開店しているので、どこからか52円の値札を持ってきて貼り付けレジを通っていったのだ。

ふざけんじゃねぇ。てめぇら全員出てけ!2度と来んな!

気がついたら店の中で大声出していた。騒然とする店内。そいつらは帰っていったが、俺の怒りは収まらなかった。まだオープンもしていないのに万引きの被害に遭うのも俺くらいか、と思ったら少し治まった。

翌日そいつらの一人が謝りにきた。「僕は知らなかったんです。友達が勝手にやったんです。」と言ってきた。ついでに「昨日買えなかったレコードが有るので売ってください。」とも言ってきた。

「てめぇ2度と来んなって言っただろうが、とっとと出てけ」

と言いたかったが、

「あなたは知らなかったのかもしれないが、あなたの友達がやったんだから、その場にいた4人とも出入り禁止になるのは当たり前。友達がぶちまけたクソをあんたら全員で処理しなければいけないのも当たり前。この後、その友達とあんたの関係がどうなろうとそれはこっちの知ったこっちゃない。」とやさしく説明してあげて、お帰りいただきました。

残念だったね。俺と俺の店のレコードのことはもう忘れてね。そして約束通り、2度と来んな、ボケ!