2009年4月29日水曜日

レコード屋はもう無理だと思った訳 part4

なぜレコード屋を辞めて、またやろうかと思ってるかという話だったのに、内容がどんどん飛躍してるし、毎日写真も無く文章だけでしかも長文になってるしで・・・

ですが、まだ続きます。

前回書いてから思ったけど、会社に所属せず、既存の流通にものらず、そのかわりアーティスト全員が均等に音源をリリースしてそこで評価を得るというのは、よく考えたら共産主義だよね。

それはうまくいくわけがない。

mf247とかCreative Commonsとかがうまくいかなかったのは、やはり同じ理由だった気がします。

「本当の自由・平等が手に入りましたよ」と言うと
「それはちょっと思ってるのと違う」となるのね。

う~ん、でもね~、そこで止まっていいのかねぇ~。

こっちは受け手なんで率直に言うと、最近の音楽を作ってる人も係わってる人って必死じゃないですか?
もう、とにかくCDも雑誌も売れないし、先も見えないし、とにかくこの業界の中で生き残っていくために必至でしょ?

でもその必死さはカッコ悪いよね。

何年かして生き残ったとしても、
「あいつあの時カッコ悪かったよな」というのは消えないんじゃないの?

2009年4月28日火曜日

レコード屋はもう無理だと思った訳 part3

前回の内容から予想される反応を自分で書いてみると、

1. 自分で作った曲を各自が自由にネットで配信したら、ものすごい情報のインフラが起きてしまって、結局ものすごい数の音源のカオスになってしまう。結果としてほとんどの音源はそのカオスの中に埋まってしまって陽の目を見ない。
2. アーティストが曲を直接販売するとしても、いろいろな曲の登録とか法的な手続きとか手間がいろいろかかってしまうので、レコード会社というものが必要とされるし、日頃のスケジュール管理も自分で出来ないのでマネージャーもいるし、経理してくれるプロダクションもいるし、宣伝しなければ自分が新しいアルバムが出たことを知らせることが出来ないのでA&Rもいるし、雑誌とかで取り上げてもらわないといけないし・・・・と考えると結局今の状態が変わることは無い。
3. だいたいレコーディングにどれだけお金がかかるのか分かります?スタジオでレコーディングしたら何百万、何千万円のバジェットがかかるのにその金を個人で用意出来ますか?そうすると、新人バンドはホームレコーディングやデモテープみたいなマスタリングも出来ていないような音源しか発表出来ないし、それにお金を払う人はいないだろう。
4. パソコンで直接と言ってもそんなものやるのは日本の人口のほんのちょっとの割合ですよ。おじいちゃんおばあちゃんがそんなことしますか?音だって悪いし。ダウンロードと言ってもそんなのハードディスクが壊れたら消えてしまうんでしょ?そんなものがレコードやCDの替わりにはならないでしょう?

こんな感じでしょうか?

それで結局7年間なんの進展も無しと。

しかし大きいレコード会社って必要有りますかね?メガヒットが欲しいので朝の情報番組のディレクターをキャバクラ接待とか・・・・ 会社がやることとしてはたぶん間違っていないけど、そんなもん込みで音楽にお金払う必要有りますかね?

自分は昔80年代のパンクが「自主製作盤」を出していた頃から、アーティストが自主流通しているのを見てきまして。あの頃に比べたら今のインディーなんて、
「本当に立派になって、お母さんうれしいよ。」てなもんですよ。80年代に「自主製作盤」がインディーズになってお金とか人間関係とかでダメになってしまったのを間近で見てきたんです。何度も駄目になっていくのを見ながら、それでもいつかメジャーなレコード会社の価値なんてものは無くなって、アーティストが作品をダイレクトにコントロール出来る時がくるんだと思ってきました。それこそが自分にとっての「パンク幻想」なんです。

で、まだ終わってないと。




mp3時代になって、これからは本当にインディー・レーベルの時代だと思っていたのですが、やはり売れて1万枚あたりのアーティストを出し続けるためにはCDを作ることを止めるのは無理のようです。同じアルバム、配信で1500円とCD2940円の間にはものすごい歪みが有る。この歪みが有る間は結局何をやってもうまくいかないんだな。

で、非常に先が見えにくくなる時は物事をすべてレゲエに置き換えると、いろいろと分かるようになるものです。

60年代から70年代のレゲエのリリース量というのは小さな島国で作られたとは思えない程で、自分でもこの辺で一通りすべては見たかなと思っていると全然知らないアルバムとか音源がバンバン出てきたりするので本当にびっくりします。あれは結局、スタジオにアーティストがついて、スタジオがレコードを作って流通させたのであれだけのリリースが生まれたんですよね。あのスタイルこそが今後を生き抜く方法のような気がします。

それでなくても、最小限のマネージメントとインディーからのリリースだけで、理想のスタンスを築いている人たちもいますよね。知ってる範囲でも Blue HerbとかMitsu The Beatとか井上薫(Chari Chari)とか、プロモーションでFM周りなんかしなくてもアーティストとして自分の作品をコントロールしながら、全国に作品を送ることが出来る人たち。あれが自分の「パンク幻想」を終結させてくれる最終形なんだろうけど、あれがもっと普通のものになるにはなにかが必要なんです。その話はまた次回。

(今回で終わるかと思ったら終わらなかったのでつづく)

2009年4月25日土曜日

レコード屋はもう無理だと思った訳 part2

iTunes Storeが始まった時に見えた新しい世界。

ミュージシャンとアーティストがダイレクトにつながり、アーティストは自分のペースで曲を自由に発表していく。アルバムというフォーマットは無くなって、アーティストによってはブログのように毎日曲を発表したり、ツアーの音源を全部ライブの翌日に売り出したりする。自分が曲を買うという行為が直接アーティストをサポートするという意識になり、アーティストと受け手の濃い関係が生まれる・・・とそんな感じ。

で、当時プリンスとかトッド・ラングレンとかピート・タウンゼントとかはそういう未来が来たんだと思っていたろうし、そういうような発言をしていたような気がする。

で、それから7年ほど経ってどうでしょう?そういう未来になったかと言うと結果としてなりませんでした。たぶん今後しばらくはならないでしょうというのが現時点での結論かな?

それはやはりmp3では生計が立たない→CDというフォーマットを捨てることは出来ないという音楽業界の構図が、それをさせなかったと見るべきなのかもしれない。なぜCDというフォーマットが捨てられなかったのかというとそのCDで音楽を流通されるという構造の中で生計を立てている人が多すぎるから。CDが2800円の消費税で2940円としてその中に含まれる利益でどれだけの人間が生活してきたのかと考えると、

アーティスト、ミュージシャン、プロデューサー、ミキサー、マスタリング技術者、スタジオ経営者、マネージャー、レーベル、レコード会社、A&R、ジャケットデザイナー、スタイリスト、フォトグラファー、著作権管理者から卸業者、プレス工場、運搬業、レコード屋、音楽ライター、それらの経理、アマゾンのCD部門で梱包のアルバイトをしている人まで・・・と、ものすごい数の人たちが2940円のCDが売れることの利益の中で生計を立ててきた。でも、よく考えてみれば、



CDもレコードも音源を遠くに届けるための器でしかないんだよね。



アメリカのオハイオでギター一本で弾き語りしている奴の作った歌が日本のリスナーである俺の目にとまって手元に届く間にいろいろな人の手を得ないと届かないという時代がずっと続いてそれが音楽産業となった。産業となったからにはそれを大きくしていくというのが資本主義社会の原理だったけど、ある日それが突然、パソコンでダイレクトに簡単になりましたよとなった時に、今までその産業の中で生き続けている人たちをどうするんだよというのが有ったんだと思う。「タイタニック号」だと思っていたらいつの間にか「たこフェリー」になっていたら、それは必要ないと思われている所(ビートバップレコードのような海外買付の中古レコード屋とか)から乗船拒否されてしまうか、船上からこぼれ落ちてしまうというのは当たり前と言えば当たり前の話ですよ。

ちょっと話を変えてみると、

150円のシュークリームを売っているお店がおいしいというので評判になって、買いたいという人が毎日並んでも買うようになったので、量産出来るようになって、それでもまだ追いつかないのでもっと人を雇うようになって、生産工場を作ったりして、それでも売れるのでさらに支店を増やして、扱う金額がでかくなったので経理をやってくれる人たちも雇って、いろいろ面倒なことも多いので税理士も ・・・・という感じでどんどん大きくなっていくのは別に問題は無いのだが、

「うちはもう10個で3000円の焼き菓子の詰め合わせでやっていくんで。もう生産工場も静岡県と群馬県と福井県に出来てるし、そこでバンバン作ってますよ。で、来年もうひとつ工場作ろうかなと思ってるし。楽天とかでご当地グルメとかで売ってるとかが最近売れてる?あぁ、でもネットで商品買っても、支払して届くまで3~4日待つんでしょ?そういうのって目新しさだよね。ゆくゆくあきられていくんじゃないの?うちはさ、もう昔からこれでやってきてるしね、全国のダイエーでも西友でもどこでもうちの商品は手にはいるしね。これからもバンバン売ってきますよ。」←こっちが今の音楽業界で、今、いくらおいしいと評判になっても、日持ちもしなくて運ぶ時も気をつけないと型崩れしてしまう150円のシュークリームのことを商売として考えることはもう出来ないというのが現状であろう。

自分が2940円のCDを買う時には「こんな素晴らしい音楽を作っていただきありがとうございます」という気持ちとしてその音楽を作った人に2940円を払っていたつもりだったけれど、実はその音楽がCDという器に乗って自分の所に来るというシステムに対して2940円(のほとんど)を払っていたんだよね。それがiTunes Storeが出来た時にその構造が崩れそうになって、焦る人たちがたくさん出てきたと。

で、ついでに言うと、音楽の不法なダウンロードとかをRIAAとかJASRACが告発する時に受け手に反発されるのは、「不法なダウンロードをしてアーティストが文句を言うのはわかる。お前らがアーティストの権利を代表して守ってるというのも知ってる。だけど、俺はアーティストの作った作品にお金を払ってきたつもりはあるけど、お前らにお金を払った覚えはない。なんで曲を作った訳でもないお前らに文句を言われなければならねぇんだよ」という気持ちが出てくるからだろう。

iTunes Storeが出る前にはそこに対して人はあまり考えることになかった。Mp3時代になって、昨日オハイオでギターの弾き語りをした奴の曲を今日ダウンロードして聞けるのが可能なのに、なんで、ほとんどの音楽はここに届く間に多くの人の手と手間を経ないと駄目なんだよという、音楽流通の構造の不毛さが露呈してきてしまった。気づいてしまった。これこそ音楽業界が一番恐れているし、だから結局、アーティストと受け手がダイレクトにつながって、音楽を買うという行為がアーティストを直接サポートにすることにならなかった一番の要因なのだろう。

(さらに続く)

レコード屋はもう無理だと思った訳 part1

ここにこんなブログが、

JOJO広重BLOG:ごめんね、レコード・ストア・デイ (2009年4月18日)
http://noise.livedoor.biz/archives/50784723.html

正直、後半はレコード屋、音楽関係の仕事をしている人だったら、
「薄々分かってるけど、そこまで言わなくても・・・」と思ってしまう、つらい内容だけど、
自分も6年前にレコード屋を辞める時にはこれに近いことを思っていました。

レコード屋はもうすぐ無くなってしまうんだ・・・・  と。

非常階段のJOJO広重さんはミュージシャンでは珍しくほぼ毎日ブログを更新していてるだけれど、2008年4月には大阪のAMS/アルケミーミュージックストアを閉店している。その前後の店を閉めるにいたる経緯や気持ちなどもブログの中に記されているので見ていただきたい。と言うかリアルタイムにその閉店をブログで追っていたら、ほぼ忘れかけていた自分が店を閉店していた時の気持ちなどが思いっきりフラッシュバックしてしまい、それがきっかけで逆に「またレコード屋やりたいなぁ」という気持ちになってくるのだが、その話はまたいつか。



かつてアメリカに毎月買付に行っていた時には、

いつかアメリカの大統領が黒人になる日も来るんだろうなぁ。でも、それは自分の死んだずっとずっと後なんだろうなぁ。

と思っていたのですが、それが今は現実。それと同じように、

いつかレコード屋なんて無くなる日が来るんだろうなぁ。でもそれはもうちょっと後なんだろうなぁ。

と思っていたらその日は意外と早く来た。というのが今から6~7年前の話。

その頃と言えば、

一連のかつてレア盤や幻のレコードなどがCDやレコード再発が一段落し、
eBayで海外のディーラーから買うことが当たり前になって、
iTunes Storeが楽曲販売を始めた頃なのですが、

そんな中で海外買付をメインとした中古レコード屋をやっていて危機感を抱かない人間はいなかったのでは。自分がビートバップレコードをやっていた渋谷の宇田川町はレコード屋開店ブーム(というようなもの)が有って一時期は宇田川町だけで50店近いレコード屋が有ったと言われています。今はたぶん20を切ったくらいか。もっと無いかも。それくらい店が無くなった訳で、宇田川町レコード屋閉店ブームに先駆けてうちが閉店したと言えなくもない。


というジョークも今では笑えない。


でも、その頃でも「そんなにすぐに誰もレコード屋に来なくなるなんてことは無い」という漠然とした楽観した雰囲気もまだ有った。「オリジナル盤の価値は下がらない」というレコード=株券理論や、「DJなのに再発盤をかけるなんて客に失礼。オリジナルでかけてこそDJ。だからまだまだ需要有りまっせ。」というDJ原理に基づく楽観論も有った。

ここでぶっちゃけた話、当時うちのレコード屋の売上は一時期よりだいぶ落ちていたけど、それでもまだ「このままレコード屋で生計を立てつつ子供を育てる」くらいは出来てたんです。それでも、もうすぐ子供が生まれるとなった時に「レコード屋。続けるの?辞めるの?どっち?」と言われて迷わず「辞めます。」となったのは、やはり自分が乗っているのがタイタニック号だという意識が有ったら。

「この船は沈む」

当時、すでに上の中古レコード楽観論は信じてなくて。って言うかそんなのは、
「なに君?この12インチ持ってないの?ダメだよDJの▲▲▲も●●●も今これかけてるんだよ。持ってなきゃ一流のDJになれないよ?買う?うん。じゃ1万円ね。」とかでブイブイやっていた店が自分の店の在庫の価値が下落するのを恐れて言っていただけだった。

それよりも、iTunes Storeで圧縮音源(mp3/AAC)を150円で売りだしたのを見て、
「わ、レコード屋いらねぇ~じゃん」と思ったのがでかい。で、知り合いのミュージシャンに
「もう事務所とかレーベルとかレコード会社とかいらないじゃん。ミュージシャンが直でiTunesで曲売ったらダイレクトにお金入ってくるんでしょ?それでやっていけるじゃん」と聞いたら、
そうじゃないとの答え。

1.ミュージシャンがダイレクトにiTunes Storeで曲は売れない
2.mp3からの利益ではミュージシャンとしてやっていけない

らしい。スティーブジョブスが決めた(?)1曲=1$日本だと150円で(mp3の音が好き/嫌いは有るとしても)曲は手に入る。でも、その金額ではミュージシャンはやっていけない。と、するとCDとかレコードとかに含まれているものはなんなのか?という話になってくるのだ。

(続く)

2009年4月24日金曜日

BACK TO BOP THE BEAT

さてと、



ここからが本題


かつて自分は渋谷で"Beat Bop Records(ビートバップレコード)"という中古レコード屋(のちにCube Recordsと変名)をやっていたものですが、6年ほど前にレコード屋を辞めまして、その後あれこれありつつ、今は何故か神戸でこのブログを書いております。

なぜレコード屋を辞めたかというと、

1.子供が出来たから
2.もう買付で飛行機に乗るのが嫌になったから
3.正直、もうレコード屋は無理だと思った

主にそんな感じです。これらが総合的に結びついて
「あ、辞めちゃお」と思ったんです。

中古レコード屋を始めてから常に「この商売は石油を掘るみたいに昔出てどこかに埋もれたままのレコードを掘り出して売る商売だから、いつかは枯渇してしまう。その時は辞めよう」と思っていたので、まぁ時期が来たなと思ったのです。

で、当時、「もうレコード屋辞めます」と店のホームページで告知してからは、

1.「残念です」と声をかけてくれる→その後、無言→気まずい雰囲気
2.レコード屋を辞めることにはなるべく触れないように、なんとなく腫れものに触るように接せられる。
3.遠くから「あいつあれこれでかいこと言ってたけど、店潰れてやんの」という視線を感じる→被害妄想
4.店辞めるならここの在庫全部叩き売るんでしょ?いつ?いつ?

といった感じの反応が有りました。




まぁね・・・ そんなもんですよ。





どんな人でもなにかを辞める時・あきらめる時(例:野球選手になる・DJになる・ミュージシャンになる等)には、いろいろな思いが有るし、葛藤とか、恨み、後悔(ex.実力は有ったけど運が無かった)とかいろいろ有るでしょう。自分もレコード屋を辞める時は、

1.レコードや音楽の現状について
2.これからもレコード屋をつづけていく人たちへ
3.これからの音楽や音楽の流通の在り方について

などいろいろな想いが有ったのですが、それを合う人ごとに語るのもだんだん面倒くさくなったし、なんか格好つけようとしてるみたいだし、どうせそう思われているのだろうから、結局、
「経営に行き詰ってレコード屋を辞めた」でいいやと思うようになってました。


で、実際、そのままほとんどの人と連絡を取らずに6年過ぎたわけです。


さて、そんな自分がそれから6年経って、再びレコード屋(みたいなこと)に戻ることになる、というのがこの後の話なのですが、それは追って。