2009年10月29日木曜日

レコード屋の本音

このブログは今日のTwitterでの私のつぶやきまとめて一部追加したものです。

もともとイギリスのレコード屋の老舗、Rough TradeがAlbum ClubというRough Tradeがオススメするレコード10枚の中から1枚を送ってくれるというRough Tradeのセレクションをパッケージ売りするサービスを始めたという話題で何人かの方がつぶやいていたのを受けて書きました。

●みなさんよく「この前いい新譜見つけた」といいますが、実際にはそのレコードがあなたにみつかるようにセレクトした人間がいるのです。それがレコード屋の店員です。
●実際、全世界でリリースされている新譜すべてを仕入れて揃えることなんて出来ないんですから。誰かがその情報を編集してあなたが素晴らしい音楽を見つけられるようにしているのです。その編集という行為に対してお金を払うべきです。
●ネットで全世界でリリースされてるダンスミュージックのほとんどが手に入るJUNOみたいなところ、最初はいいと思ったけど実は不便だと思いません?情報が編集されてないから。俺が好きそうな音楽だけ誰か選んで教えてくれよって思いません?それをいままでしていたのがレコード屋ですよ。
●実際、多くの人がネットで買い出したらもうレコード屋なんていかなくてもいいと思ったんじゃないですか?たしかに自分も国内の通販サイトで視聴していいなぁと思ったら在庫切れでがっかりとか有ったし。だったら扱ってるアイテムも莫大な海外のレコード屋から直接買えばいいなぁと思ってました。
●そうやっているうちにレコード屋がどんどん無くなってみると、不便極まりない。入ってくる情報は莫大になって、今まで通り自分の感覚で買っているつもりなのに、時間ばかり食う。ネットで30秒の試聴サンプルを何時間も聞き続けているより、お気に入りのレコード屋に行ってコメント読んだり、直接「おすすめ有りますか?」って聞いて、自分で試聴した方がなんぼか早いと気づく。
●だもんだから、最近は誰かが「これ良かった」って言うと、みんな一気に「それ僕も好きです」「気に入りました~」ってなるでしょ?それってちょっと怖いんだよね。ちょっとした情報で一気にそっちに行ってしまう。もっとふり幅が有っていいと思うし、確かにそれもいいけどこっちも有るよね、そっちは?って思うし。
●情報が多くなればなるほど、いろんなことが満たされるはずというのがネット時代の常識だったはずなのに、どんどん不便さを感じる。人が一日の間に処理出来る情報なんて大した量じゃない。やはり情報は多ければ多いほどいいというのはやはり間違いで、今だからこそ、この世界で必要とされるのは「優秀な編集者」なんじゃねぇのか?
●と、気がついた時には周りにレコード屋も雑誌も何もなくなっていました、とさ。
●で、それでいいの?

●ここで思い出す。2000年から2002年あたりのCISCOハウス店は俺にとっての神の店だった。
●セレクトしてあるレコードを視聴してるだけで、「何か新しいことが起こってる」と思わせるものが有って、DJでも無いのに毎週何万円も新譜買いまくっていた。
●で、知り合いのDJに会う度に「やばいことになってるから、ハウス店に行った方がいい」と言いまくって。それがきっかけかどうかは分からないけど、何人かはその後DJスタイルが変わったりして・・・
●ま、よーするにあなたにもそんな店が有ったら別にその店を崇める必要はないけど、そこに金を落とすべき。自分の感性やコネクションを信じるのも自由だけどね。でもそれだけで世の中は回ってないよ。みんな誰かから何かを得て、何かを与えるから動いてるものが有るんじゃないのかい?
●でも、今になって目に見えなかった情報の編集に対してちゃんとお金を払えよって言われても何人がその対価を払うのかねぇというのも有るんだけどね。