2009年7月25日土曜日

不穏と不安

Twitterにも書いたが、今有線から聞こえてくるJ-POPの歌詞の半分に「この世界で君と巡り合えた奇跡」という歌詞が。いや、冗談抜きに本当に半分はこの歌詞なんだよ。もはやここまでいくと完璧に脳死、つーか何にも考えてないんだろう。J-POPだけでなくて、有線から聞こえてくるジャパレゲ(?)もJ-ROCK(??)たいして変わらない。「いいことを言ってる風」で聞いてるその間だけ気分を高揚させるけど、まったく何も残らない。別にほかの誰かが歌っていても関係ない。アーティスト性ってどこにいった?アーティストの内側をみんなで共有しているような気分にさせる音楽はどこに?

で、いまさらですがスチャダラパーの「11」

ちゃんと言うべきことが有って、自分たちの言葉で音楽にしている。いつもと変わらない。なのに、アルバム全体に漂う「不穏な雰囲気と不安感」はいったい何?

それは最近気がついたけど「俺はこう思うんだけど・・・」と言った後に誰にも同意されないんじゃないかという不安。言った後に「今の大丈夫だよね?伝わってるよね?」といちいち同意を求めている感じ。それらが醸し出す不穏な雰囲気。それがこのアルバム全体に漂ってる。

そして、それこそ今の自分たちの直面しているものと同じもの。例えば「ジャパレゲの歌詞でさ、お前を一生幸せにしたいんやとかってよく平気で歌えるよね」と言った後に、「みんなレゲエを広めようと頑張っているのに、そんなこと言う奴はバッド・マインドだ」とか言われて総スカンを食うという恐怖。つーかたぶん本当にそうなるね。レゲエを広めるためにオリコンに入るようなヒット曲を作る。日本の音楽業界の中で地位を得るために頑張る。それをレゲエのためと言われても、・・・・ 正直、俺には関係ない。アーティストは自分の内側と向き合って、その内側から出てくる音と言葉を記録に残せばいいのであって、レゲエのためとかヒップホップのためとか言えば言うほど胡散臭く聞こえる。だったらジャーの神さまのためにとかの方がまだいいよ。

と、書いたら昔は半分くらいは同意してくれているという実感が有ったけど、今はどうなんだろう?「この世界で君と巡り合えた奇跡」という歌詞を平気で使いまわす人たちには昔は悪意を感じたけど、今ではその悪意すら感じることがない。本当に何も考えていないんだろう。それが怖い。

もうひとつ最近のアルバムでアーティスト性を強烈に打ち出していたと言えば椎名林檎の「三文ゴシップ」でした。アルバムのテーマはずばり「性愛」だと思いましたがどうでしょう?「性愛」をテーマにしながらそれを受け手に強引に受け止めさせる椎名林檎のキャラクターはすごいと思いました。これが「性愛をテーマにしたaikoのニューアルバム」とか「性愛をテーマにしたYUIのニューアルバム」とかだったら受け手が照れたり、興味が持てなかったりすると考えたら椎名林檎の特殊性は面白いと思います。あとはその特殊性がどこまで持つか、いつ客の方から「もういいっす」と言われるのかの方に興味があります。