2009年6月4日木曜日

(細切れ連載)黒船その3

日本のハードコアパンクのバイオレンスの話を今の人にしてもたいていは
「そんなことが本当に有ったんですか?」と信じようとしないだろう。それくらい非日常的な空間がそこに存在していたとしかいいようがない。と言うかもはやどこまでが本当でどこまでが脚色されたものなのかをちゃんと確かめることも困難だし。東京の隣の千葉に住んでいたパンクの自主製作盤好きにとっては耳に入ってくる「初めて見る顔の奴はボコボコにされる」とか「モヒカンの奴が血祭りにされて病院へ送られた」とか「スターリンのバッジつけてたら殴られる」とかの情報に翻弄されるばかりだった。

しかしながら反戦・反核を唱えるハードコアがなぜにそのように暴力的になったのか今だとなんとなく分かる気がする。ハードコアの初期のアンセムとなったのがこのThe Exploitedの"Punks Not Dead"

つまり始まりの時点ですでに「パンクは終わっている」ものという扱いで、パンクがニューウエーブになって音楽的に進化しているというのが一般的な音楽観だったのだ。

パンクという新しい街が出来たと聞いてかけつけてみたが、そこはすでに取り壊された後の廃墟だったという感じ。せっかく自分がいれる場所が見つかったと思ったら、そこがすでに時代遅れだったと言われた、その絶望感があの頃のパンクにはつきまとっていたのだ。だから髪の毛をモヒカンにしたりや鋲を打った皮ジャンを着たり、あの人の神経を逆なでするようなハードコアな音をがなり立てるのだ。まだ俺はここにいるんだということを外の人間に主張するためにすべてに過剰になっていく。

内側の結束を高めるために暴力もどんどん過剰になっていき、過剰な暴力がさらに外の世界からの隔離を生んでいく。その後だいぶたってから「FIGHT CLUB」という映画を見たけど、あの殴り合いと社会のモラルへのツバ吐きによって自分たちを認め合うあの映画の世界はまるっきり当時のハードコアパンクそのもの。

そんなあらゆることに過剰にならざる負えない「空白期」しかなかった世代がハードコアパンクになのだけれど、ほんの数年後にはアメリカから非現実ではなく、生活の中、日常の中のパンクが輸入され、短パンはいてスケートしててもパンクでいられる時代が来るのだがこの頃はそんなことになろうとは夢にも思わなかったよ。